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【朗報】元西武の最強外国人助っ人「デストラーデ」の通訳、今は、トランスジェンダー女性として生きていた。

カミングアウトしたデストラーデの元通訳が語る、あの頃のライオンズと私
ライオンズファンの間で、「歴代最強助っ人」といえば、間違いなく1、2位に名前が挙がるのがオレステス・デストラーデだろう。
「オーレ」の愛称で親しまれた元西武・デストラーデ ©文藝春秋

「私は男性ではない、私は女性なんだ」
2003年、私がプロフェッショナルの野球界を去って早16年が経った。
それは、男性から女性への性転換ホルモン治療を開始し、それまでの全てを封印し人生を一変させ「女性」としての新たな一歩を歩き始めた年でもあった。
主に通訳としてダイエーホークス、西武ライオンズ、ニューヨーク・ヤンキース、ニューヨーク・メッツ、そして最後は読売巨人軍の5球団に在籍し、世界の球界で貴重な経験を得た、恵まれた野球人生であった。しかし本当の自己を隠蔽し、事実にフタをしていた無理にやがて大きな反動が訪れた。
当時、第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の企画運営に関わっていた際、いよいよ自分にウソがつけなくなって追い詰められていた。仕事はすこぶる上手く行っていたが、メンタル的にはデンジャー・ゾーンに入り込んでいた。『私は男性ではない、私は女性なんだ!』。
そして、トランスジェンダーを専門とする医師を訪ね、ホルモン治療を開始した。
治療開始後、野球もベースボールも一切観ることはできなかった。2008年に帰国してミュージシャン・女優・表現者として活動してからは、特に一線も二線も引いていた。
しかし、有り難いことに「コウタはどうした、コウタはどこ行った?」と球界では私を探し始めてくれていた。
数年が経ち、選手の世代が入れ替わり、やがて私は一ファンとして少しずつテレビ等で試合を観戦できるようになっていた。
そして昨年、親友のジャーナリストの粋な計らいで、古巣であり球界人コウタのルーツでもあるライオンズ球場(あえてこう呼ばせていただく)に招かれた。18年ぶりだった。関係者入り口でもあるバックスクリーンから球場入りし、あの懐かしの打撃練習のインパクト時の木製バット音を聞いた際、思わず涙がこみ上げた。屋根こそかかっていたが、そこはまさに“私のライオンズ球場”だった。
ネット裏の急な勾配の階段を、初めてハイヒールで、転ばないように恐る恐る降りて行く。そしてフィールドへ。ホームのダグアウトこそ三塁側だったが、景色も匂いも何も変わっていない。
その日はワンピース姿だったが、思わずグラブを手にしてグラウンドに飛び出して行きたい衝動に駆られた。
そしてふと、通訳として公私にわたって長い時間を共有したオーレ(オレステス・デストラーデ)の笑顔が脳裏を横切った。同い年で、また、共にアウトサイダー(彼はキューバ出身米国には移民として移住)としてニュージャージー州のフォート・リー市に住んでいたオーレとは相性が合った。プレイヤーとしてだけではなく、非常に聡明だった彼とは、世相からサブカルまで色々な話題で盛り上がった思い出がある。

クリハラチアキ
デストラーデが!?!?

じゃなくて通訳の方なのね。



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