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「低い声が嫌だった」男性として生まれた女性歌手、5周年の大舞台へ - 朝日新聞デジタル

「低い声が嫌だった」男性として生まれた女性歌手、5周年の大舞台へ - 朝日新聞デジタル

長野県出身のシンガー・ソングライター伊藤ひよりさんがデビューから5周年を迎え、記念ライブを12月24日に松本市の音楽文化ホールで開く。コロナ禍での活動自粛、恩人の死、声が出なくなる不調……。たび重なる苦難を乗り越え、たどり着いた新たな境地で自身初となるホール公演に挑む。

伊藤さんは、社会人生活をへて2016年から歌手活動を開始。ピアノの弾き語りを中心とした演奏スタイルで、ときには力強く、切ない歌声で県内外のライブハウスを中心に活動してきた。

武器でもあるという声質が「ずっと嫌だった」。性自認は女性だが、男性の身体を持って生まれた。高校生のとき、性同一性障害だと実感した。声変わりが始まった高校1年生のときには「のどに刃物を突き刺そうと思った」。低い声が嫌いで、コンプレックスだった。

幼いころから、歌ではなくフルートの演奏をしてきた。歌手活動を始めたのは、言葉には自分の思いを込められると思っていたから。普段は人前で伝えられない恥ずかしいこと、嫌なことでも、歌を通じてなら自分の言葉で伝えられる。それが魅力に感じた。

デビュー後、アーティスト活動を続けてきたが、昨年まではスタート地点が定まらない感覚に陥っていた。イメージしている歌を歌いきれない。「男か女か分からない」という自分の声を恨みながらの活動だった。

2020年、コロナ禍でライブ活動のキャンセルが相次いだ。その矢先、音楽活動での恩人を病気で亡くした。追い打ちをかけるような喪失感に襲われた。声が出なくなり、活動をやめようと思った。

救ってくれたのはファンだった。「歌ってくれてありがとう」。やっと開催できた小規模なライブで、参加者が泣きながらお礼を言いに来てくれた。感動してくれたファンの姿を目の当たりにして、「歌わなきゃ」と思い直した。

今年7月、伊那市内の球場で、プロ野球BCリーグ・信濃グランセローズの試合前に国歌を独唱したときのことだ。「自分の声が骨の髄まで響いて、芯の通った声だと感じることができた」。ライブは少なくなっていたが、ボイストレーニングは地道に続けていた。

「ようやくスタート地点に立てた」。これを機に、歌の表現力や声の力強さが変わった。周囲からも「以前とは全然違う」と言われることが増えた。自分の声を、少し好きになれた気がした。

今は「一日でも長く音楽を続けていきたい」。亡くなった恩人やファン、そして音楽に感謝を込め、12月の記念ライブにのぞむ。ピアニストの伴奏のもと、マイクやスピーカーを使わず、自身の歌や声を届ける。タイトルは「THIS is ME」。今の自分をさらけ出して、芯のある声をホールに響かせる。

 

クリハラチアキ
かっこいい生き方(*'▽')



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